信じられている霊的な力のこと。
声に出した言葉が現実の事象に対して、何らかの影響を与えると
信じられ、良い言葉を発する良いことが起こり、不吉な言葉を
発すると悪いことが起こるとされている。
そのため、祝詞を奏上する時には、絶対に誤読がないように注意された。
今日にも残る結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。
日本は言霊の力によって幸せがもたらされる国「言霊の幸ふ国」とされた。
これは、古代において「言」と「事」が同一の概念だったことに
よるものであり、漢字が導入された当初も言と事は区別せずに
用いられている。
また、自分の意志をはっきりと声に出して言うことを「言挙げ」と言い、
それが自分の慢心によるものであった場合には、悪い結果が
もたらされると信じられた。
言霊思想は、万物に神が宿るとする単なるアニミズム的な思想という
だけではなく、心の存り様をも示すものであった。
西洋で言霊に当たるものには、霊的な力を含んだ「霊気」(プネウマ)と
いうものが新約聖書に登場する。
「風はいずこより着たりいずこに行くかを知らず。
風の吹くところいのちが生まれる。」
この「風」と表記されているるものが「プネウマ」である。
一般に音や言葉は、禍々しき魂や霊を追い払い、場を清める働きが
あるとされる。
これは東洋、西洋を問わず、祭礼や祝いなどで行われる。
神事での太鼓、カーニバルでの笛や鐘、太鼓などはその例である。
言葉も、呪文や詔としてその霊的な力が利用される。
ただし、その大本になる「こと」(事)が何であるかということは
東洋、西洋で別れる。
日本人は「その実体は不可知であり、知ることは出来ないし、
また知ろうとしてもいけない」と考えていた。
言葉などは、まさに「こと」の「端」・「枝葉」でしかなく、
「こと」自体は我々には知りがたいとされた。